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東京高等裁判所 昭和61年(ラ)262号 決定

抗告人 何茂

右代理人弁護士 小林宏也

同 長谷川武弘

同 篠原夫

相手方 株式会社 信菱産業

右代表者代表取締役 杢谷光男

主文

本件抗告を棄却する。

抗告費用は抗告人の負担とする。

理由

本件抗告の趣旨及び理由は別紙執行抗告状記載のとおりである。

(一)  抗告理由第一点について

引渡命令の申立てができる者は「代金を納付した買受人」である(民事執行法一八八条、八三条一項)から、代金を納付した買受人が買受不動産を他に譲渡しても引渡命令の申立権を失うものではないと解すべきである。そして、相手方が代金を納付した買受人であることは原審記録上明らかである。抗告人の右主張は理由がない。

(二)  抗告理由第二点について

本件記録によれば次のとおり認められる。本件競売申立人東京信用保証協会は、昭和五九年七月五日東京地方裁判所に、競売申立てをし、同月六日差押えの決定が、同月一七日、差押えの登記がなされた。右競売申立ては、昭和五一年一二月二〇日債務者兼所有者金山株式会社と抵当権者株式会社富士銀行との間の根抵当権設定契約(昭和五二年一月五日根抵当権設定登記)の根抵当権者(株)富士銀行に対して東京信用保証協会が代位弁済したことにより移転した根抵当権に基づくものである。これより先に、金山株式会社は、昭和五一年二月一日、成喜東から金二〇〇〇万円を借り受け、その担保の趣旨で、本件建物を家賃月額金一〇万円、期間三年間、権利金二〇〇〇万円、譲渡転貸できるとの特約付きの約定の賃貸借契約を締結したが、成喜東は、その引渡を受けず、昭和五八年七月一日に至り、同日付で右賃借権の仮登記を経たが、その間、昭和五八年一一月一日頃まで自ら使用占有せず、金山株式会社が依然として使用占有していた。しかるところ、成喜東と抗告人とは、本件差押えの登記前である同月八日付で、期間同月一日から三年間、家賃月額金八〇万円、保証金金八〇〇万円の約定の転貸借契約を締結し、以后、抗告人が本件建物に入居してこれを占有している。

以上のとおり認定することができる。

右事実によれば、成喜東の原賃借権は、用益自体を目的としたものではなく、もっぱら本件建物の担保価値を把握することを目的とする占有を伴わないものであるから、民法三九五条により保護されるべき短期賃借権には当らないというべきところ、抗告人の占有の権原は、成喜東の右賃借権を基礎とし、同人との間の転貸借契約に基づき、抗告人が入居するに至ったものである。このように不動産の用益自体を目的とせず、実質が担保権と異なるところのない成喜東の賃借権を前提とし、同人から転貸を受けた抗告人は、本件差押えの登記前から占有してはいるが、民事執行法八三条所定の、「事件の記録上差押えの効力発生前から権原により占有している者でないと認められる占有者」であるというべきであるから引渡命令の相手方になるといわなければならない。抗告人の右主張も理由がない。

従って、原決定は相当であって本件抗告は理由がなく、その他本件記録上原決定を失当とする理由は見当らない。

よって、本件抗告は、これを棄却することとし、抗告費用の負担について民事訴訟法九五条、八九条を適用して主文のとおり決定する。

(裁判長裁判官 菅本宜太郎 裁判官 山下薫 秋山賢三)

〈以下省略〉

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